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[公務員の権利義務論]2015.4.1

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 ちょっと前のニュースになりますが、「張り込み捜査中に逃走した男を確保する際、高級腕時計が壊されたなどとして、埼玉県警の50代の男性警察官が2014年8月、容疑者の男に時計の修理代や慰謝料など計約360万円の損害賠償を求めてさいたま地裁に提訴していた」というものがありました。事件の内容は、「訴状などによると、警察官は2013年11月、埼玉県蓮田市内で公然わいせつ事件の張り込み捜査中に、女性に下半身を露出した男を見つけ追跡。逃げようとした男の車のワイパーをつかんだところ、数十メートル引きずられて手やひざなどにけがを負ったほか、身につけていた高級腕時計『ロレックス』が壊れたとしている。」というものです。ネット上では、「現場の警官が日ごろ、ロレックスの時計をしているのか。それほど、警察官の給与はいいのか。」とか、「そもそも、張り込みなどの様な犯人ともみ合いになることが予想される業務で、ロレックスなど高級時計をして臨む方が悪い。」というあまり原告の警察官に同情的ではない意見が多かったようです。

 警察官の給与の多寡については、安月給でもロレックスをすることは、その人の自己判断の問題なので、当人としてはとやかく言われることではないのでしょうが、それでも、ロレックスが公務執行中に壊されたので、加害者に対して、損害賠償を請求するということについて、どうも違和感がぬぐえないと思われた人が多かったのではないでしょうか。
 公務員の公務執行中の損害については、地方公務員災害補償基金というものがあり、身体的損害については、一定の金額が支払われるそうで、また公務中の私物の破損に関しては、使用した年数などを考慮した上で、一定額の損害見舞金が支給されるそうです。この損害見舞金は、一般人が付保している生命保険、損害保険と同じように、加害者から賠償金を得ることができた場合は、その分を控除されることになるので、二重に給付されることはないとのことですから、基金等で補償されない部分については、被害を受けた警察官としても加害者に請求することができるという理屈になるのかもしれませんが、それでもうーん?という感じがします。

 私なりに考えたのは、そうすると公務員が被害者になるばかりではなく、加害者になる場合はどういう責任を負うのかということです。
 例として、A公務員が、一般市民Bさんに、職務執行中に、何らかの加害行為を行い、損害を生じさせたとしましょう。そうすると、Bさんとしては、観念的には、A個人に対してと、Aの“雇用者”である国または地方公共団体に損害賠償を追及することが考えられます。実際、国または地方公共団体に対しては、国家賠償法という法律があり、その第1条で「国又は地方公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」と規定されており、Bさんは、この法律で国または地方公共団体に対して、損害賠償請求をすることができます。
 それでは、Bさんは、国または地方公共団体への請求に加えて、A公務員個人に対しても賠償を請求できるかというと、昭和30年の最高裁判決において、「公務員の職務行為に基づく損害については、国又は公共団体が賠償の責に任じ、職務の執行に当たった公務員は、行政機関としての地位においても、個人としても、被害者に対しその責任を負担するものではない。」と判示されており、A公務員に対しては、請求できないことになります。そうすると、職務執行中であれば、A公務員はやりたい放題かというと、国家賠償法の1条2項で、「前項の場合(すなわち、国または地方公共団体がBさんに賠償したときです。)において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。」と規定されており、国または地方公共団体から、A公務員に対して求償される場合があることを規定しています。
 整理すると、公務員というのは、公務執行に当たっては、一般市民に対しては直接の賠償責任を負うことなく、また、国または地方公共団体に対しても、「故意または重過失」の場合に限ってのみ求償についての責任を負えばいいということになります。重過失というのは、試験勉強の際に具体例として覚えているのは、真夏の炎天下のガソリンスタンドで煙草を吸い、吸い殻を捨てたがために火災が起きたという、あまりに過失の度合いが高いケースで、故意にも準じるという場合です。
 私はここに今回の埼玉県警の警察官の事例において違和感があると思うのです。すなわち、公務員自身が公務執行中に一般市民に損害を与えた場合は直接の責任を問われず、求償についても、故意または重過失のケースに限られるのに、逆に公務執行中に一般市民から損害を受けた場合は、国または地方公共団体から補償を受けられ、足りない部分は一般市民に損害賠償を請求できるというのであれば、あまりに衡平が取れていないのではないかと思うのです。もちろん、警察官や、消防官、自衛官などの生命を賭して公務に携わる方たちの利益を軽視するものではなく、その利益を侵害されたときは、手厚く補償をすべきことに異論はありません。現在の補償制度が低廉だというのであれば、改正していく必要があると思います。

 現業職の公務員のみならず、私は、一般職の公務員、特に幹部職については、国家賠償法1条2項は考え直す必要があるのではないかと素朴に考えます。というのも、例えば株式会社の取締役は、その業務執行について、会社に対する責任として、善管注意義務を負い、善管注意義務は故意・過失によるものとされ、同義務違反において損害賠償義務を負い、さらには、株主からは、株主代表訴訟を提起されるリスクも負っているのです。それに比べると特に幹部職公務員の責任追及は天地ほどの差があると思われませんか。感覚論で申し訳ありませんが、国または地方公共団体の公務員への求償権行使もどれほど厳しく行われているのでしょうか。国または地方公共団体が求償権行使を行わない場合に、株主代表訴訟のように、一般市民が当該公務員の責任追及ができる制度はなく、訴訟法上も「債権者代位訴訟」の様な民事訴訟法上の制度が適用されるのかも、私が不勉強かもしれませんが聞いたことがありません。やはり、衡平の観点からも幹部職公務員には、故意・過失レベルでの個人責任を負わせることも、公務執行の緊張感を持たせる意味で必要ではないかと考える次第です。
 埼玉県警警察官の事件では、私の論が提出されているかわかりませんが、結構説得力があるのではないかと訴えられた加害者側の代理人に教えてあげたいところです。同事件に接して色々思いを巡らした次第です。
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