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二人の「シャヒン」が安宅産業をつぶした |
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[二人の「シャヒン」が安宅産業をつぶした]2022.4.1
現在、国内で一般的・慣習的に「総合商社」と呼ばれるのは、三菱商事、三井物産、住友商事、伊藤忠商事、丸紅、豊田通商、双日の7社と言われています。1970年代前半までは三菱商事、三井物産、住友商事、伊藤忠商事、丸紅、日商岩井、トーメン、ニチメン、兼松江商、安宅産業の10社を「十大商社」と呼んでいたのですが、その後現在に至るまで、日商岩井とニチメンが合併し双日となり、トーメンは豊田通商に合併されて豊田通商が存続会社となり、兼松江商は専門商社化して兼松となりました。
残る安宅産業はというと、1977年に経営破綻し、伊藤忠商事に救済合併されてしまいました。その当時は、カナダでの石油事業に失敗して事実上倒産して、伊藤忠に救済してもらったという程度しか認識がなかったのですが、今回、松本清張の「空の城」という小説を読みまして、改めて当時の安宅産業破綻の内情を知ることとなり、そんなことが起きていたのかと驚きをもってあっという間に読了してしまいました。「空の城」は、もちろん実名を仮名に置き換えているのですが、「住友銀行」が「住倉銀行」とかほとんど実名小説みたいなもので、ざっと目の子で言っても90パーセントくらいは、実際の出来事ではないかと思われる次第です。事実と事実をつなぐところを松本清張がフィクションで話を作っているという感じです。松本清張が実際に起きた社会的大事件を小説化したのは、戦前戦後の事件を除けば他に「一九五二年日航機「撃墜」事件」くらいなものですから、この分野でも熱心に執筆していれば山崎豊子並の人気を博したものと思う次第です。 さて、実際の安宅産業破綻事件ですが、1973年、カナダのニューファンドランド州で、レバノン系米国人実業家ジョン・M・シャヒーンが、石油精製工場を建設し、中東からの安い原油を輸入し、精製した石油製品を米国東海岸の石油市場に輸出するというプロジェクトを立てていました。 そこに、当時安宅アメリカ社長であった高木重雄が、中東からの原油輸入に介在し、米国市場への販売にも介在することを目論んで、シャヒーンに食い込み、結果的に、安宅アメリカが石油精製工場の事業主体であるニューファンドランド・リファイニング・カンパニー(NRC)の総代理店になることを獲得し、安宅アメリカがL/C(信用状)を開設してNRCの原油購入代金の面倒を見るということになりました(ただし、担保はほんの少ししかとっていません。)。安宅アメリカとしては、NRCが購入する原油代金の資金調達を面倒見ることで手数料が入り、かつ売り上げも上げられ、また米国市場への石油製品の販売にも関与することで手数料が入り、かつ売り上げも上げられるという一粒で二度おいしいいわゆる三国間貿易を狙ったものでした。 しかしながら、石油精製工場の開所式の4日前に第四次中東戦争が勃発してしまいました。原油価格は高騰し、ユダヤ系石油販売会社に対して販売ができなくなったことや、精製プラントの初期不良による高付加価値製品が生産できなかったこと、タンカーの長期にわたる高額傭船契約による傭船料の支払など、NRCにとって次々と悪い事態が発生し、NRCの累積赤字が積み重なり、手元資金も底をつきそうな状態となりました。 従い、安宅アメリカが保証している原油の購入代金をNRCは決済できなくなり始め、どんどんと安宅アメリカが支払いを保証していく羽目に陥ったのです。安宅アメリカの原油代金の保証が雪だるま式に膨れ上がる頃に、さらに、重大な事実が発覚します。安宅アメリカの高木社長は、何としてもNRCの商売を取るためにシャヒーンに対して4200万ドルを何と無担保、長期間無断で貸付してしまったというのです。安宅本社もこれ以上傷口が広がることを抑えるために、石油精製所の不動産に対する担保として第3順位の抵当権を取得するように、安宅アメリカ高木社長に指示したのですが、カナダ抵当法では先順位の抵当権者の承認が必要ということで、結局抵当を取ることができず、NRCも破産宣告を受けてしまい、安宅アメリカとして3億ドルの債権回収ができなくなるということとなり、これが安宅本社の破綻につながることとなったのです。 安宅アメリカの高木社長のわきが甘かったのですが、シャヒーンの甘言に騙されて、NRCにひきずりこまれたというのが実際のところと言えましょう。1人目の「シャヒン」に安宅はつぶされたということです。 それでは、安宅本社は当時健全な会社であったかというとそうではありませんでした。安宅産業というのは、戦前安宅弥吉が八幡製鐵所との取引に関与することにより会社を大きくしたのですが、戦後、安宅一族が安宅産業に対する持ち株の多くを手放したにもかかわらず、安宅一族が安宅産業の実質的経営権、特に人事権を握り続けました。 NRC事件が起きたとき、安宅一族の安宅栄一は「社賓(しゃひん)」という訳の分からない肩書で安宅産業に君臨し、経営陣の人事権を掌握し、自らに反抗するものは容赦なく切り捨てるという恐怖政治を行っていました。そのために、安宅産業を近代的企業に変革しようと試みる人たちは排除され、安宅栄一の腰巾着しか残っていませんでした。まだ安宅栄一が見識を持った経営者であればいいのですが、経営自体には興味なく、中国朝鮮の陶磁器コレクションを会社の金で購入するという公私混同が激しくても誰も諌止するものがいなかった状態でした。結局、安宅産業をつぶしたのは、安宅栄一という「社賓(しゃひん)」であり、シャヒーンと安宅栄一という二人のしゃひんに潰されてしまったといえましょう。 安宅産業破綻から学ぶことは何でしょうか。まずシャヒーンの方としては、商圏欲しさに担保も取らずに取引を拡大してしまったことが最大の破綻の原因ですから、うまい話には簡単には乗らないということでしょうか。世界三大商人と言えば、華僑(中国系商人)、印僑(インド系商人)、レバノンシリア系商人であり、いずれも煮ても焼いても食えない人達ですから、自分たちが損をするようなディールには絶対乗ってこないということです。 NRCの場合もそうでしたが、結局シャヒーンは尻をまくって逃げ出してしまい、責任の多くが安宅アメリカに押っ付けられました。尻をまくって逃げ出したと言えば、カルロス・ゴーンもですね。大阪商人であった安宅産業も、世界三大商人にはかなわなかったというオチになってしまうのですが。 株式も大して持たないのに、実質的に会社経営を牛耳っていたという安宅栄一の問題も、これは安宅産業だけの問題だけでなく、多くの会社である話です。日本一の自動車会社のテレビによく出てくる社長の持ち株比率はわずか0.1%。創業家全体でも1%程度しか保有していないにもかかわらず、経営を牛耳っています。この会社の支配権の問題というのは、決定的な解決策が見当たりません。社外取締役も結局は、選任した経営者の顔色をうかがうものであり、ガバナンス機能が働いているとは思えません。結局は、銀行筋などからの圧力ということになるのでしょうが、銀行借り入れをしていないような会社であればそれも機能しないでしょう。プーチン、習近平のように一旦独裁者になってしまうとなかなかその地位から引き摺り下すということは難しいのと共通するものがあります。 |
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