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金の茶碗盗難事件

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[金の茶碗盗難事件]2024.6.1

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 古典落語に、「猫の皿(猫の皿とも言います。)」という題目があります。あらすじを述べると、ある古美術仲買人は、地方に出かけて骨董品を見つけては所有者を言葉巧みに騙して、それを安値で買い叩き、高値で都市の蒐集家に売りつけるという詐欺まがいの商売をしていました。その古美術仲買人は、とある茶店で、茶を飲んでいたところ、店の隅で餌を食べる飼い猫を見ていると、猫が食べている餌受け皿が名品の「絵高麗の梅鉢」であることに気付きました。男はこれを買い叩こうと企み、何気ない風を装って猫を抱き寄せ、「ご亭主の飼い猫がどうにも気に入った。3両で是非私に引き取らせてはくれないか」と持ちかけた。茶店の店主が「売ってもいい」というと、畳みかけて「猫は、皿が変わると餌を食べなくなると聞く。この皿も一緒に持っていくよ。」と、何気なく梅鉢を持ち去ろうとしたのですが、茶店の店主はそれを制し、「猫は差し上げますが、これは捨て値でも300両という名品でございますから売るわけにまいりません」と答えました。驚いた男が「何だ、知っていたのか。これが名品とわかっていながら、何でそれで猫に餌をやっているのだ」と尋ねると、店主いわく、「はい、こうしておりますと、時々猫が3両で売れます」というオチです。

 今年4月、日本橋高島屋で開かれた金製品の展示即売会「大黄金展」で、営業中の会場から純金製の茶碗が盗まれた事件がありました。逮捕された犯人は、「盗んだ茶碗でお茶を飲みたかった」と口にしていたということですが、金の茶碗でお茶を飲むことなく、盗難後すぐに江東区の古物商を訪れ、自身のマイナンバーカードを提示して約180万円で茶わんを売却していたとのこと。査定結果は金の価格相場約300万円を大きく下回っていましたが、犯人が店員に文句を言うことはなかったということです。買い取った江東区の古物商は、その日中に、約480万円で台東区の古物商に転売しており、金の茶碗自体は、同店から警視庁が押収したとのことです。

 まず、この金の茶碗盗難事件の刑事責任はどうなるでしょうか。金の茶碗を盗み出した犯人には、当然のことながら窃盗罪(刑法235条)によって、10年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられることになります。それでは、最初に買い取った古物商の刑事責任はどうなるでしょうか。刑法には、盗品罪(刑法改正前は、贓物罪(ぞうぶつざい)という重々しい名称でしたが。)ということで256条に規定があります。同条1項には、「盗品その他財産に対する罪に当たる行為によって領得された物を無償で譲り受けた者は、3年以下の拘禁刑に処する。」とあり、同条2項には、「前項に規定する物を運搬し、保管し、若しくは有償で譲り受け、又はその有償の処分のあっせんをした者は、10年以下の拘禁刑及び50万円以下の罰金に処する。」とあります。江東区の古物商は、刑法236条2項の盗品有償譲受罪に該当するかが問題となります。論点としては、買い取った古物商が、金の茶碗が“盗品”であることの認識があったかになります。買い取る時点でニュースなどで事件を知っていたとしたら完全にアウトですが、それ以前であれば、持ち込んできた犯人の風体、様子などからとても金の茶碗を所持していると思えないのであれば、プラスの要素に働くでしょうし、また、買取価格が実勢価格よりも相当安い金額で引き取り、これまた相当高値で転売しているという事実からも盗品としての認識があったのではないかと推測されます。このあたり、盗品売買については、警察もうるさいので厳しく捜査するものと思われます。

 では民事上の問題はどうでしょうか。何より、高島屋は、この金の茶碗を取り戻すことができるのでしょうか?民法では、金の茶碗のような動産については、192条で即時取得、すなわち真の所有者でないものから動産を購入した場合に、購入した人が所有権を得ることができることを認めています。同条では、「取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。」と規定されています。江東区の古物商は、犯人から購入する際に、古物商として盗品であるかどうかのチェックをしなくてはなりませんが、どうもその辺りに過失があったとすると、即時取得は成立しなさそうです。これは、盗品有償譲渡罪の場合の盗品の認識よりも、過失は認定しやすいかと思われます(何事も刑法の方が厳しいので)。そうだとすると、今度は、台東区の古物商に即時取得が成立するかが問題になりますが、古物商間の取引ですから、過失の認定は難しいかもしれません。そうすると、即時取得が成立してしまい、高島屋は台東区の古物商に引渡を請求できないようにも思われます。しかしながら、民法では193条で、「前条(即時取得)の場合において、占有物が盗品又は遺失物であるときは、被害者又は遺失者は、盗難又は遺失の時から2年間、占有者に対してその物の回復を請求することができる。」と規定されており、さらに、古物営業法20条で、「古物商が買い受け、又は交換した古物(指図証券、記名式所持人払証券(民法(明治二十九年法律第八十九号)第五百二十条の十三に規定する記名式所持人払証券をいう。)及び無記名証券であるものを除く。)のうちに盗品又は遺失物があつた場合においては、その古物商が当該盗品又は遺失物を公の市場において又は同種の物を取り扱う営業者から善意で譲り受けた場合においても、被害者又は遺失主は、古物商に対し、これを無償で回復することを求めることができる。ただし、盗難又は遺失の時から一年を経過した後においては、この限りでない。」と救済規定が規定されており、このケースでは、古物営業法20条が適用され、高島屋は台東区の古物商に即時取得が成立しようがしまいが、金の茶碗の引渡を請求することができることになります。当然、無償での引渡です。

 そうしますと、台東区の古物商は、江東区の古物商に支払った代金480万円を泣く泣く損切りしなくてはならないのでしょうか。民法では、売買の目的である権利の全部または一部が他人に属する場合のように、売主が買主に移転する権利に契約不適合がある場合、買主に追完請求権、代金減額請求権、損害賠償請求権、契約解除権等が認められることを規定しています。ということで、台東区の古物商は、江東区の古物商に対して、この契約不適合責任(改正前は、追奪担保責任と言っていました。)により、480万円を取り戻す可能性があります。そうなった場合、江東区の古物商は、盗難犯人に対して、支払った180万円の返還を同じように契約不適合責任により請求できることになりますが、買主としての過失もあるでしょうし、何よりも全額返還せよとの判決が出たとして、この盗難犯人に180万円の支払能力があるとはとても思えません。

 ということで、江東区の古物商は、転売差益300万円を手に入れるどころか、180万円をみすみす失ってしまうことになりそうです。猫の茶碗を買ったと思っていた古美術仲買人は、売買の対象に猫の茶碗が入っていなかったので猫を3両で買うこととなったので、みすみす3両を失うことになりましたが、それでも“かわいい”猫が手に入ったので、江東区の古物商よりはよかったのかもしれません。江東区の古物商は欲を出さずに、盗難犯人が金の茶碗を持ち込んだ時に、直ぐに警察に連絡をしておくべきだったということでしょう。それが古物商としての善管注意義務だと思います。自業自得ではないでしょうか。
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